History

沿革

1956年8月23日の設立以来、
構成企業と連携し情報発信や社会との対話を通じて、安心できるエネルギー基盤の構築に貢献しています。

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FAPIG結成式の様子(1956年8月)


第一原子力産業グループ(FAPIG)の設立

日本で最初の商用原子力発電所を建設

昭和30(1955)年、ジュネーブで開催された原子力平和利用に関する国際会議で、従来は軍事目的のために秘密にされていた原子力産業に関する技術資料が公開されることとなり、我が国の民間企業においても原子力事業に向けた体制構築が始まった。

同年、旧鈴木商店系企業の会合において神戸製鋼や日商(現双日)などの間で、原子力事業に取り組むためのグループを結成できないかとの意見が出された。そのためには重電機メーカーの協力が必要であることより富士電機製造(現富士電機)に参画を要請し、富士電機製造と日商を中心とした検討が開始された。

富士電機製造は古河財閥系ということもあり、同グループの富士通信機、古河電工、古河鉱業、旭電化、日本軽金属、横浜ゴム、神戸工業がこの協議に参加。そして鈴木商店時代から関係の深かった川崎グループの川崎重工業、川崎製鉄、川崎航空機も合流する。更に旧鈴木、川崎、古河系の主力銀行は第一銀行であったため同銀行も加わり、第一銀行が主力銀行であった清水建設を含めた合計16社で、昭和31(1956)年に第一原子力産業グループ(FAPIG/First Atomic Power Industry Group)を設立した。

設立の目的は、原子力平和利用の推進、原子力技術の研究・開発、先進海外技術の導入などである。

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茨城県東海原子力発電所

FAPIGはイギリスのゼネラル・エレクトリック(GEC)社との技術提携を進めたが、昭和34(1959)年、日本で初めて建設する原子力発電所にはFAPIGが推すGECの黒鉛ガス炉方式の採用が決定。

茨城県に建設された「東海原子力発電所」は昭和40(1965)年に臨界に達し、運転を開始した。